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スキーナ・リバーに通うスティールヘッダー達の間に伝わるジンクスがある。
それはスキーナで成功を収める確立は50パーセントと言うもので、2人で行くと1人が、4人だと2人が、6人になると3人だけがスティールを手に出来ると言った意味合いのものだ。

もちろん当てはまらない例も沢山あるからマイノリティーな、単なる噂にすぎないが、あながちすべてが冗談で片付けられない、そう思えるほどシリアスなケースも何度か見てきているのだ。
だから僕達はそれを密かに「50%の恐怖」と呼んでいる。

そして事実、僕も前回のケイラム・リバー釣行で、その恐怖の洗礼を見事に受けてしまったのだ・・・

最終日を残した夜。
スティールからのコンタクトが一度もない僕は、ガイドのTracey Hittelに泣きついた。
「何がいけないんだと思う?」と言った質問を彼に投げかけた。するとトレーシーは
「腕のいいタイヤーは必ずしも良いフィッシャーマンじゃあないし、最高に腕の立つキャスターも名アングラーとは言えないんだ・・・」と、語り始めた・・・
彼は、今まで世界中から訪れる多くのスティールヘッダー達を見てきて、その結果、あることに気づいたと言う。
「スティールの釣りには正確なキャスティングも、出来の良いフライも、そのフライをうまくドリフトさせるスキルももちろん必要なんだ・・・」
「でもね、一番大切なのは"カルマ"なんだよ」と言った。
「カッカルマ〜ッ!?」・・・・椅子から落ちそうになった。

お盆の墓参りでさえも、すっかりご無沙汰している僕は、なにやら信仰めいた"カルマ"と言う言葉に混乱した。
「モリヤマ〜!!カルマってなんだ〜?」
遠征メンバーの一人、古くからの釣友、森山の職業は正真正銘の"僧侶"、言わばその道のプロだ。
「カルマって"業"っすよ。業・・・」

トーンダウンしながら彼は説明してくれたが、今ひとつ説得力に欠ける・・・・
ケイラムでの最終日、信心の薄い僕には何も起こらず、森山は見事な16ポンドのフレッシュランを手にした・・・さすが仏に仕える身だ・・・
その時、僕らのパーティーは6人。
そして、図ったように3名がスティールを釣り、僕を含めた3名が惨敗、見事なまでの50パーセントだ・・・


 

2007年10月、オリンピック・ペニンシュラから帰り着いたばかりで、まだWDシューズのフェルトも乾かないうちにB・C州に向けてパッキングを始めた。
そう、今回、僕のテーマはズバリ、"リベンジ"だ。
普段は、あまり計画性を持ち合わせてないが、今回は用意周到に準備を始めた。
ありったけの"念"を込めながらイントルーダーを巻き続けたのだ。

南米原産の"Rhea"と言うオーストリッチに近い種の鳥、その長くて柔らかなフェザーを使った巨大フライがイントルーダーだ。大きなものは全長20センチを超す。このフライの前ではどんなに出来の良いスティール・フライも、いかにも貧弱でみすぼらしく見えてしまうのだ。
僕がこのイントルーダーを、今回の主力フライに選んだ理由はその大きさだけではない。
このフライの構造は、シャンクとフックがセパレートになっていて、ワイヤーなどで作られたループで接続されている。
限りなくボトムをキープするこの手の釣りで、根掛りによるフライの損失は避けられず、あわよくば回収できたとしても、ポイントがつぶれてしまい通常のフライでは何本あっても足らない。
しかし、このシステムはフックの取替えが可能で、スペアフックさえ用意しておけば、何度でも復活させることが出来ると言う優れものだ。そのぶん根掛りを恐れず、果敢に、なめるようにボトムをトレース出来ると言うわけだ。
また、スティールのようにジャンプを繰り返すファイトに対し、フレキシブルなジョイントが"バラシ"も最小限に減らしてくれる。
そしてボリューム満点のドレッシングは、グレイシアから流出する乳白色に濁った流れの中でも、その存在を十分にアピールしてくれる筈なのだ。


「スキーナの河口から数えて初めての大きな支流だから、フレッシュですばらしい魚が多いんだ」
とトレイシーは彼のホームリバー"Kalum"を自慢する。
我々の拠点"ケイラムロッジ"はその流程の中ほどに位置する。毎朝ロッジから数キロ上流のリバーアクセスまでドリフトボートを引っ張った車で移動し、一日かけて川を下りながら釣りをする、そんな"大名系"の釣りがここリバー・ケイラムのスタイルだ。

釣りのスタートはきまって朝8時。
ケイラム周辺はまだ薄暗く、晴れた日でも川面は朝霧に包まれていて細かい水滴が全身を覆う。9時を過ぎた頃からやっと川辺に光が届くようになり、黄色く色づいた広葉樹の葉がスポットライトを浴びたように際立って見える。
流れ近くまで迫った両岸は、広葉樹と針葉樹がいいバランスで混在し健康的な森を形成している。
時折ブラックベアーが水辺に降りてきて何かを探っているが、こちらの気配を少しでも感じ取るとあわてて森に逃げ帰って行く、何度かそんな遭遇があったが
「彼らはとてもシャイなんだ」
と言うガイド達の言葉通り、恐怖はまったく感じられない。
森が健康ならクマも攻撃的にならず、平和に暮らして行けるのだろう。
などと逃げて行く黒光りした大きな背中を見ながら、近頃の日本の山とオーバーラップさせて思ったりした。

ガイド達のドリフトボートのほとんどはラバー製だ。中央の椅子で彼らがオールを操り、前後に備えられた折りたたみ椅子に、2名のクライアントが腰掛けるようになっている。ケイラムロッジのガイドたちは、幼い頃から川でボートを漕いでいるという筋金入りで、大きな岩が頭を露出させた激流の中でも、見事にボートを操船する。思わず及び腰になる激流に対しても、まったく危険を感じさせないのだ。慣れてくると、かえって急流のほうがスリルがあって、楽しささえ感じられるようになってくる。
もちろん彼らの腕前は操船技術だけではない。
みんな根っからのスティールヘッダーだから、オフの日でさえもフライロッド片手に新しいポイントを開拓している。それだけにこの川のスティールのことを事細かく把握しているのだ。

スキーナ水系に遡上して来るのは、地元アングラーを夢中にさせる"スプリング"(キング・サーモン)がいち早く、それにソックアイ(レッド・サーモン)が続く。夏の声を聞くと日本でもおなじみのチャム・サーモン、それにピンク・サーモンの遡上が重なる。
夏の終わりにはそろそろコーホ・サーモンの群れがそれに加わる。
スティール・ヘッドは他のサーモンのように一回の産卵で死んでしまうわけではなく、遡上期がその固体によって変わるため、ほぼ一年中見られるという。中には海と川を3往復するつわものもいるそうだ。
「スティールばかりでなく他の鮭もすばらしいターゲットなんだよ。」とトレイシーはいろいろな種類の鮭釣りの魅力を語ってくれた。しかし、これは単に僕の趣向にすぎないが、スポーニング寸前で、婚姻色に色づいた太平洋鮭を釣るのは、どうしても可哀そうに思えてしまう。産卵時期と遡上期が異なり、最高のコンディショを保ったまま遡上する、サクラマス、スティール・ヘッドそしてアトランティック・サーモンの人気があくまでも高いのは、そんな理由からなのでは?と思えてしまうのだ。

この時期、ケイラムでは川岸に夥しい鮭の死骸が見られ、辺りにはそれから放たれる腐敗臭が漂っている。
水底の石には、微粒の泥が堆積する氷河からの流水独特の川底で、少しでも気を抜くと水温7度の流れに頭からのダイビングになりかねない。
流れは厚く押しが強い、さらには濁りで底石の状態が判り辛く、頑丈なスタッドをフェルトソールに埋め込んだシューズを持ってしてもウェーディングは想像以上に気を使う。
 
 ケイラム・リバーに僕が選んだタックルはロッドがSAGE9140-4TCR、それに650グレインのスカジット・ラインを乗せた。
シンクティップにはT-14を10、12、15フィートと3種類用意し、水深と流速に合わせ使い分ける。
シンクティップの選択は重要で、軽すぎるとフライは川底に到達しないし、逆に重すぎると根掛りばかりで釣りにならない。
その流れに対して“適正な重さ”を見つけることがキモなのだ。
リーダーはその深度をキープしやすい様、不要に長くせず、全長4フィート以内に止める。そして、その先に例の巨大フライが結ばれた独特なシステムとなる。
これで底石の上を這う様に演出してやるのだ。
スティールが潜むスポットは魚のイメージからすると、速く複雑な流れに思える。
  しかし、意外に彼らは岸際の起伏や流芯から外れたかけ上がり付近や、流速の緩くなったテールアウト近くの底石に付いていることが多い。
そんなスティールの鼻先に極めてゆっくりとフライを流し込むのがこの釣りの最大のテクニックなのだ。

しかし、一日中数え切れないほどのキャストを繰り返してもなかなか簡単には事は運ばない。

 前回もコーホ・サーモンは何匹か釣れたし、ドリーバーデンやカットスロートもフライをくわえてきた。
・・・が、スティールからと思えるコンタクトは、残念ながら僕には一度も送られてこなかった。たいていの釣り場は初回よりも2回目、2回目よりも3度目と、訪れる回数が増すほどそこでの釣りが自分なりに組み立てられていく。
しかしこの釣りだけは2度目だからと言ってそのアドバンテージは少なく、またゼロからのスタートを繰り返すだけなのだ。
そしてやはり今回の初日もなにも起こらず過ぎ去って行った・・・・。

四六時中喋りっ放しで、うっとおしく思えるほど明るい性格のゴードンが、2日目、僕らのガイドについた。
「日本ではマツタケが高く売れるんだって?ここでは山の様に採れるから一緒に商売しようぜ!!ヘッヘッ〜」
と松茸ネタから下ネタまで話題は尽きない。彼は
「スティールは釣り人の殺気を感じるんだぜ」
「だから真剣にやらない方がいいんだよ」などと言う。
真面目に釣りをするなと言うフィッシングガイドも珍しい。
スティールがコンタクトを送ってくる瞬間は「腹減ったな…今夜何食べようかな〜」とか、「おっ頭上に白頭鷲が飛んできた」なんて考えている時が「多いんだぜ!」だそうだ。

ケイラムリバーのポイントそれぞれには呼び名が付いている。。
流れに横たわる倒木が巨大なアリゲーターのように見えるWゲーター・ホールW。中州があるから"アイランド・ホール"。その昔、トラックのベンチシートが岸際に廃棄されていたWカウチ・ホール"。このエリアで最も長いランW10マイル・ホール"など、もちろんどのポイントも年間何本もの巨大スティールがフライフィッシングで釣れている。大抵は上流から順番にこれらのポイントを釣り下るわけだが、その日、ゴードンは他のポイントには一切目もくれず、一気にカウチ・ホールを目指した。前日に我々のメンバーの一人である熊さんが20ポンド近い素晴らしい魚体のスティールをランディングしていて、その付近に大きな群れが入ってきていると彼は読んでいたのだ。

両岸の山が圧縮した区間が続き、ボートはスライダーのように激流を滑り降りてゆく。流れの傾斜が緩くなると突然視界が広がった。
右岸に沿ってカーブしながら流れるカウチ・ホールは、流れ込みの部分こそ流速のきつい瀬となっているが、プールの中ほどからは川幅が広がり、テールアウトにかけてはスティールが好みそうな適度な水深、そしてゆったりとした流速が続いている。

超ヘビーなシンクティップでも、テンポよくキャストを続けられるスカジットシステムはこの上なく実戦的だ。
ロングベリーのスペイラインに比べてキャスティングそのものも実に簡単に覚えられるから、少々練習すればそれぞれのサイドで投げられるようになる。両腕ともにサークル・キャストとWスペイ・キャストをこなせるようになれば、どんなコンディションでも安全に、釣りだけに集中できるようになる。

風向きは上流から・・・左岸から狙うカウチ・ホールの流れに対しては左手を使ったWスペイで釣り下った。
流芯は対岸に寄っている。80フィートほどキャストし、さらに20フィートほどのラインをフリーで送り込むと、下流40°あたりでラインにテンションが加わる。
ちょうどその頃、フライはボトムに到達し、底石をかすかに伝えながらゆっくりとこちらの岸に向かって泳いでくる。
 
キャストごとに耳鳴りするほど集中していた。
ラインに感じる少しの違和感でさえもそのたびに胸が高まる。


次こそは…その次こそは・・・・。
気がつくとプールのヒラキは目前だった。
流れの"良さそうに思える所"はとうに過ぎていたのだ。釣り始めてからすでに2時間以上が経っていたが、それすらも気づかなかった。間違いなく、並みならぬ気配をまき散らしながら釣りを続けていたんだろう。
一番可能性を秘めたポイントがだめで、早くも心が折れてきた・・・。

「次はハニ〜〜ホ〜〜ル!!」
下流に向かってボートを漕ぎだしたゴードンは相変わらずのテンションで、うれしそうに次のプールを紹介していた。
なぜ"ハニー・ホール"と呼ぶのか?僕はその時、聞き出す気分じゃなかったから未だわからないが、ゴードンの意味ありげな含み笑いから察すると、たぶんネタは下だろう。
カウチ・ホールのすぐ下流に位置するハニー・ホールは、他のポイントと比べると一見見落としそうな、プールと言うよりも深みのある"瀬"に近い流れだった。
僕は前回も含め、このポイントを釣るのは初めてだ。

岸際に立つと、ボートの上から見るのと印象は違い、沈み石が多く、流れに沢山のヨレが出来ていていかにも期待できそう。ゴードンがコーヒーでも飲んで一服しようか?と言っているが気持ちはコーヒーどころじゃない。何よりも先にロッドを握り締めてボートよりも少し下流でスタンバった。
森が水際に迫り、オーバーハングした木々がキャスティングスペースを狭めている。スタッフを使ってゆっくりと立ち込み、ほんの僅かなバックスペースを確保した。今度は右岸からのアプローチだから慣れた利き腕のWスペイだ。水深はあまり深くなく、底石は全体に広がっているので広めにスイングさせる狙い方に切り替えた。

ゴードンは焚き木を集めながら僕のすぐ横でずっと喋っている。
流れの音と精度の悪いヒアリングで少ししか聞き取れないが、話題はどうも彼がガイドしたクライアントの話だ。
話の主人公は大きな岩の上から足元に見える鮭を狙っていたそうだ。
そして釣りに夢中になるあまり、必要以上に身を乗り出してしまい、そのまま真っ逆さまに深いプールに落っこちてしまった・・・といった内容の話だった。
はじめは気が散るからほっておいてほしかったが話が面白くなるにつれ、少し耳を傾けだした。

・・・まさにその時、すごい衝撃がロッドに伝わってきた。

「来たぁぁぁ〜〜!!」
時間も心臓も止まりそうなハードテイクだった。
太いスカジットヘッドが水面を切り裂きながらとんでもないスピードで下流に走っていく。シルバーの魚体が彼方で飛沫をあげて跳ねている。
ゴードンもネットを取りにボートに向かって疾走している。 タイミングよく別のボートで下っていくトレーシーが奇声と拍手で祝福してくれている。
そんなすべてがスローモーションのように感じた。

真っ黒いイントルーダーをくわえ、最後の最後までたまらないファイトを続けた雄のスティールを、やっとの思いで抱き上げ写真を撮ってもらった。
そしてもう1カットを水辺に横たえてロッドと並べて撮った。
しばらくそのまま見惚れていたかったがなるべく急いで流れに帰すと、例えようの無い安堵、そして達成感が全身を包み込んだ。

次の日、トレーシーがポイントにアクセスする途中、僕のロッドもろとも崖の上から落ちて、ロッドが折れてしまうと言ったハプニングがあった。
かれこれ20年ほど前、同じスキーナの支流、キスピオックス・リバーで有名ガイド、ウィルフォードのボートのシートが突然壊れ、彼が僕のロッドの上に墜落した。やはりロッドが大破して、次の日からは自前ロッドでは釣りが出来なくなった経験があったのだ。トレーシーには幸い怪我が無く安心したが、以前と同じような事故が起こり、つくづく僕にとってスキーナ水系は鬼門なのか?などと思ったが、僕はすでに満足していて、その後、写真を撮ることに専念出来たから結果的には良かったのかな?なんて余裕で思えた。
最終日には、前回、僕とともに50%の幸運を掴めなかったO師匠が、雄のこれもまたすばらしいスティールをランディングし、僕らの旅のフィナーレを飾った・・・・


 空港まで送ってくれたトレーシーに
「スティールの釣りの難しさと面白さをケイラムリバーから学んだよ」と言うと、トレイシーは
「次はもっともっと簡単に楽しめるようになるはずさ。この川で一匹のスティールをランディングしたという事実があるんだから」と言ってくれた。
確かにそういうことなのかもしれない。
それが彼の言う"カルマ"なのかもしれない。

ゴードンが言っていたスティールが感じ取る"殺気"も、釣り人の焦りやゆとりの無さから生み出されるものではないのだろうか?
いずれにしろケイラム・リバーのスティールヘッドは、僕らにその魔力の様な魅力をいやと言うほど教えてくれた。

…そして今回、6名のパーティー中4名がスティールを手にすることが出来たのだ。



































 

 


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