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しかしきつい林道だ。
私の愛車ランドクルーザーのディーゼルエンジンの音もまるで悲鳴をあげているようである。
県道沿いで買った缶コーヒーを飲みたくても飲む余裕を与えてくれない。それほど神経を集中し車を運転しなければあっと言う間に急斜面に落ち生と死の狭間を彷徨う羽目に成りそうである。
宿泊先の主人が、
「お客さん釣りをされるならとっても良い川が有りますよ。地元のごく限られた釣り師しか知らないんですけどわざわざ遠くから一人でいらしてるから特別に教えますよ」
私が今朝釣り支度をしているところに現れ地図を差し出してくれた。
「舗装されていない少々きつい峠道ですが、お客さんの車なら大丈夫でしょう」
「ありがとうございます」
その地図を受け取ったとき私の脳裏には未だ見ぬ渓流への期待感が大きく膨らみ渓流魚が躍動する姿が映った。
そう想像すると心が騒ぐ。
急ぎ車を発進させその地図を頼りに県道からこの林道に入ってきた。
他の車とすれ違うことはない。
しかし厄介なことにオフロードバイクの集団と時折すれ違うのである。
オフロードライダー達はこの林道に車など来ないと思っているのかかなりのスピードで走って来る。その為すれ違うたびにブレーキをかけ横滑りをする。
「こんなところで交通事故なんて起こしたら最悪」
そんなことを思うとハンドルを握る手も緊張のせいかいつしか汗ばんでいた。
「こんなんじゃ釣り場に着く前に疲れきってしまいそうだ」
そう考えているときやっと少し広い平坦な道に出た。
その後 緩やかな下り坂に差し掛かかり左側に川の源流を発見。
「ふーっ」
あのきつい林道に開放された事と川を目にした安堵感から大きなため息をついていた。
その緩やかな下り坂をしばらく行くと少しずつ川幅は広がり朝日に照らされきらきら光る流れは想像以上にいい釣りを予感させてくれる。
「しかし困ったなこの道には車を止めるスペースが見当たらないが・・・・」
ゆっくりと川沿いを走り駐車スペースはどこかにないか逸る気持ちを抑えながら探していた。
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| 暫くすると右手に温泉旅館が見えてきた。
「こんなところに温泉旅館があるのか。秘湯って感じだな」
旅館の入り口には釣り券取扱所と書かれていたので釣り券を買うついでに車を止めるスペースがどこかに無いか聞いてみることにした。
中に入ると女将さんらしき人が掃除をしている。
「すいません。日釣り券を一枚いただけますか?」
問いかけると
「はい、少々お待ちください」
女将さんは一旦掃除の手を止め奥へと入って行きじきに釣り券を手に戻ってきた。
「千円になります」
私は千円札と日釣り券を交換し
「あの・・・この川沿いにどこか車を止めれそうな場所は有りませんか?」
「地元の方ではないですよね。どこから行らしたんですか?」
「千葉からです」
「千葉からですか。それは随分と遠くから。たぶん殆ど車を止める場所はないと思いますからうちの駐車場に止めてもいいですよ」
「えっ、いいんですか? ではお言葉に甘えさせていただきます。ところで駐車料金はいかほどでしょう?」
「いいですよ駐車代なんて。今日は幸いお泊りのお客様も少ないので空いていますから。どうぞゆっくりと釣りを楽しんで来てください」
「感謝いたします。それではどの辺りに止めればいいですか?」
「一番奥の、ほらっ山吹の黄色い花が見えますよね。あの脇に止めてください」
女将さんの親切で車の運転の疲れは一気に癒された。
そして指定された場所へ車を止め、準備をしようと車から降りると、山吹の花の方からバサッバサッという音が耳に入ってきた。
「なんだ?」
と思い目を向けると山吹の花のやや上の辺りで揚羽蝶が蜘蛛の巣に引っかかっているではかいか。
「うーん・・・自然の摂理に逆らってはいけなけど・・・やっぱり可哀そうだな」
私はそーっと揚羽蝶を蜘蛛の巣から外してあげた。すると数回私の周りを飛んだ後、空へと姿を消したのだった。
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「さてと」
準備を済ませ渓流沿いの道を歩き川へと下りれそうな場所を探した。
「あっ。有った有った」
長く伸びる葦を掻き分けながら川に下りた。
その流れは清らかでしかも瑠璃色の輝きを放っている。
「こんな美しい川が日本に有るなんて・・・」
早速、フライロッドを振る。風を切りゆっくりとラインを伸ばし・・・
そしてフライをソフトにアプローチ。
その途端瑠璃色の流れを裂く様に尺近いイワナがフライを咥え上流へと走った。
ロッドが弓のようにしなる。フライフィッシングをするものにとって至高の瞬間だ。
ランディングしたイワナは腹の部分が鮮やかなオレンジ色をした雄だった。
この渓はどうやらイワナの生息河川らしい。ヤマメの姿はどこにも見当たら無いし釣れるのはすべて素晴らしい魚体のイワナだった。
気がつくとあっと言う間に至高の時は夕闇に包まれ始めそろそろ釣りも終わりにしなければいけない時間に成っていた。
そんな時ライズを繰り返す大きな淵を見つけた。ここで最後のトライにしようと思いフライをアプローチ。ゆらゆらと流れに乗っていたフライがふわっと水面に消えた。さっとあわせると今までとは比べ物に成らない程ロッドがしなる。
「でかい!」
その大きな渓魚は淵の下へ下へと行こうとしている。
石の下に入られたら厄介だ。
私はロッドを横に寝かせ何とか顔をこちらに向けようとした。
数分のやり取りの後やっと水面に大きなイワナが顔を出し空気を吸わせる事が出来た。そうすると諦めたかのようにおとなしくなりランディングに成功。優しくフライを外しリリース。
大きなイワナは慌てることなく悠然と流れの中へと姿を消したのだった。
こんな充実感は久しぶりだ。
「さあ帰るとするか」
道に上がり歩き出したときに私の周りを揚羽蝶がひらひらと
舞っていた。
「あれっ さっきの揚羽蝶?まさか・・・そんなことあるわけないよな」
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着替えを済ませ旅館の女将さんにお礼を言って川を後にした。
「ああ、そうか、またあの林道か・・・」
あの道をまた運転すること思うと少し気が重い。がそれを消してくれるほどの今日は良い釣りが出来たので来るときとは気分は違ってはいる。
林道を走り始めてから30分程たった時である。事もあろうにタイヤがパンクした。
「えーーーーーっこんな所でパンクかよ」
辺りはすっかり暗くなっている。しかもこの林道だ。タイヤ交換なんて至難の業。
しかしこんな所で立ち往生している訳にはいかない早速、車から降り作業に取り掛かった。すると木々の間から何やら気配が。
「まさか熊か!?」
私は心臓の鼓動が大きくなり震えながら急ぎ車の中に避難した。
すると木々の間から現れたのは若い女性だった。
「すみません。驚かせてしまったみたいで。私、登山のサークルの人達とこの山に登ったんですがはぐれてしまって・・・・」
「そうなんですか・・・じゃちょっと待っててください。タイヤを交換したら送りますよ。それでどちらまで送ればいいんでしょう?」
「この上に一軒だけ温泉旅館が有るんですが今日はそこに泊まる予定なんです」
「あの温泉旅館?」
「えっ ご存知なんですか?」
「ええまあ」
またこの林道を上りさらにまた帰りにこの林道を下るのかと思うと彼女には悪いが気が滅入ってしまう。
「ご迷惑お掛けしますので私も手伝わせてください」
「一人で大丈夫ですよ」
「いいえ どうしても手伝わせてください」
「うーん・・・ 分かりました。じゃ手伝ってください」
当然、一人よりも二人のほうが作業効率はいい。
早速、スペアタイヤを外し交換した。
「ありがとう。助かりましたよ。それじゃ送りますね」
「そんな。私こそ送っていただくんですからありがとうございます。あのそれから・・・ごめんなさい。なんだかホッっとしたら疲れが出たみたいで後ろの座席で休ませて頂いてもいいですか?」
「構いませんが」
そしてまたきつい林道を走り出した。彼女は本当に疲れていたのだろう車に乗った後すぐに眠ってしまった。
「まあ着いたら起こせばいいか」
私はそう思い話しかけずに運転に集中した。
真っ暗な林道を30分。さっきの温泉旅館が見えその駐車場に車を止め彼女を起こそうと後部座席を見たが居ない。
「うそ・・・消えた!?」
私は林道を走っている間に彼女が座席の下に落ちたのではないかと慌てて車を降り後ろのドアを開けた。その瞬間車の中から揚羽蝶が月明かりに向かいふわっと舞い上がった。
旅館の女将さんが出で来て心配そうに
「どうさせたんですか?」
と言う声も私にはまるで夢の中で幻影を見ているようで聞こえない。
その場でただ呆然と月の光を浴び舞う揚羽蝶を見上げていた。
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