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2005年9月、「また2年後に」と再会を約束してシアトルで別れた、SAGEのロッドデザイナー、
ジェリー・シムと一緒に、オリンピックペニンシュラのサマーラン・スティール・ヘッドを狙う短かい旅に、この秋またしても出かけた。
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2年前の釣行では、
「ちょっと時期が早いからまた来月来たら?」
とガイドのJ・D・ラブにかるく言われ、後ろ髪を引かれながら泣く泣くOPを後にしたので、今回は万を期して「間違いない」と言われる9月最終週を選んで予定を立てた。
もっともこの時期は、デンバーで行われるタックルショーが終ったあとで、多忙なジェリーがフリーな時間を作れる唯一のタイミングだと言っても良い。
このところSAGEでは、"ジェネレーション5"と呼ばれる新しいコンセプトで製作するブランクシャフトが主となりつつあり、そのための新規機材導入などでジェリーは相当忙しい日々を強いられているのだ。
ベインブリッジ・アイランドで出合った彼の顔からも、たまっているであろう疲労が容易に想像できたが、OPに向かって車を走らせるとその疲労感は徐々に彼の顔から失せていき、滞在地であるフォークスの町につく頃にはいつもの笑顔と陽気な鼻歌までもが完全に戻っていた。
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2007年のSAGEのカタログに登場してから超有名ガイドとなったJ・Dラブは後ろ手を組み、背筋をぴんと伸ばした、2年前とまるで変わらない紳士的な仕草で僕達を迎えてくれた。
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今年のOPは夏の照りこみが少なく、気温とともに低水温が続いている。そして、夏から秋にかけての降雨が多く、「OPの各河川は、遡上魚にとって抜群なコンディションを保っているんだ」と、到着の興奮冷めやらない僕達に、追い討ちをかけるようなうれしい近況を伝えてくれた。
僕らが滞在するロッジは"Quillayute-River"の岸際で、釣り人にとっては最高の立地条件に佇んでいる。部屋にいても窓から川の様子が手に取るようにわかるほどだ。
この時期、コーホ・サーモンの遡上のピークにあたり、下流ではネイティブ・アメリカン達が、ギル・ネットを使った彼ら独特の漁法で操業していた。この新鮮な魚達は、翌朝にはシアトルのパイク・プレイス・マーケットなどに並び、まさに飛ぶように売れると言う(シアトル市民に親しまれるパイクプレイスの魚屋では売れた魚が本当に頭上を飛び交う)。
ロッジの部屋に荷物を移し終えて、そんな様子を眺めながら夕暮れのひと時を楽しんでいると、途中のマーケットで手に入れた、団扇の様に巨大なTボーンを手にしながら
「俺は夕食のステーキを焼くからお前は釣りをしてろ」・・・と、なんとも優しいジェリーの言葉。
すっかり甘えて目下の流れ、通称"Home-Pool"に向かった。 ホームプールは一抱えもある石が川底いっぱいに敷き詰められていて、遡上した魚たちが休むスポットが無数にある。ここではコーホ・サーモンをはじめ、シーラン・カットスロート、ドリーバーデン、そしてスティール・ヘッドが狙えるのだ。
9月下旬から10月上旬にかけて、OPの各河川ではオクトーバー・カディスのハッチがピークを迎える。
2年前はそのハッチがまだ始まったばかりで、魚たちの活性もそれほどではなかったが、今年は一味違うらしい。水際に下りると確かにとてつもなく多くのシャックが見られ、木陰にはそのアダルト達が群れている。水面にこそ落ちてはいないが、もし魚がこの流れに定位しているのなら間違いなくこれに注目しているだろう。
とりあえず今回も「ドライフライでサマーランスティールを」という目標を掲げてここに来ているのだからと、始めからこの時のためにタイイングした、ヘッドのフォームでウェイクさせるスケーター・パターンを結んで釣り始めた。
後になって思えば、この時、"キャスティングの肩慣らし"程度の心構えだったかもしれない。
全く予期していなかった。
あまりにも唐突すぎる歓迎だった。たった2投目のスケータリングでいきなりそのフライが水しぶきとともにひったくられたのだ!
集中する間もない突然な出来事に、あたふたともたつく僕をあざ笑うかのように、下流に向かって走った銀色の魚体は水面を割って現れた。その瞬間、それまでの緊張と同じくらいのテンションで張り詰めていたラインが、情けないほど一気に緩んで、はらはらと水面に落ちた。鮮明なレッドバンドが強烈な印象を残して消えた。
部屋に帰るとすでに夕食は出来上がっていた。今まさに起こったことを皆に告げると食卓は盛り上がった。
「なっ!だろ?!!」
とジェリーが得意そうに言う。
「来てよかったろ?!」とも言う・・・・いやいや僕はまだスティールを手にしていない・・・・。
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このロッジでの食事はすべて自分達で賄う。食材持参で来れば完璧にそろえられている調理器具で、大抵の料理に対応できるのだ。もちろんそれは作り手がいればの話で、僕らお抱えの調理人(?)は前回もそうだったのだが友人の岩月君。彼はその様相から想像し辛いが、料理がとても上手い。食べるほうには有り余る興味を抱くが、作るほうには全くには縁のない僕と違って、なんでも見事に仕上げてしまう。
今回、滞在中のメニューで印象深かったのは"ダンジネス・クラブの天津飯"。ダンジネス・クラブは、北米のシーフードでは人気の言わば定番食材だ。オリンピック半島の北側に位置する"ダンジネス湾"にちなんで名づけられた、まさにここ名産のカニだ。ワタリガニよりもしっかりとした肉質で歯ごたえ良く、味も惚れ惚れするほど美味い。
国内でも海外でも、僕は釣りに訪れた土地で、その地方独特の"食"を時間とお金が許す限り楽しむようにしている。
たしかに日帰りの釣行や、いつもの様な日数の限られた釣り旅行となると、なによりも"釣り"そのものに時間を使いたい。しかし、せっかく訪れたその地方のことを、全く知らずに帰るのも、これはこれでもったいないと思うようになった。出来ればその町や村を見たり、土地の人と触れ合ったり、そんな余裕を持って旅行をしたいのだが、なかなか現実は難しい。
しかし、かろうじて"地元の食"にありつけば、そこからその地方の土地柄や季節感や、強いては文化に触れられる、そんな気がするのだ(半分は食い意地を正当化しているが・・・)
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アメリカでの食事というと、僕はここに来るまで正直言ってあまり良いイメージを持っていなかった。ハンバーガーに代表されるファストフーズの印象があまりにも強かったからだ。しかし、こと食材に関して言えば、複雑な日本と違い、単純な流通経路に乗って大変良い状態で消費者に届けられている。野菜、フルーツ、魚介類、そして当然肉も、新鮮なうえに今の日本では残念ながら少なくなりつつある"旬"が見事に売られている。
そんなわけで、今回の滞在も合衆国の食品事情と岩月君のおかげで美味しい食事にありつけて、幸せな食生活を毎日送ることが出来る。
さぁ、あとはスティールだ。
オリンピックペニンシュラの北西部には北から順に"Solduc" "Bogachiel" "Hou" "Queets"と4本のスティール・ヘッドが遡上する超メジャーな河川がある。どの川もオリンピック・ナショナル・パーク内に水源を持ち、特に流程の長いホウ・リバーとクィーツ・リバーはOPの最高峰マウント・オリンパスの懐に抱かれる氷河から流れ出る。
どの川もそれぞれ独特の渓相を持つが、大きく2タイプに分けることが出来る。
ソルダックとボガシェルは川原が少なく、深い森が流れの際まで迫っている。そして、ゆったりとした流れの女性的な渓相を持つ。
苔むした川原やところどころに見られる水草が、年間の水量、水温が安定しているのを物語り、やはり水生昆虫も異常なほど多く見られる。
遡上魚のほかには降海しないレインボーや、カットスロートなども多数生息し、ライズを狙ったいわゆる通常のドライフライフィッシングやニンフィングなども普通に楽しめるそうだ。スティールを狙っている際にも、同じプールでいかにも良さそうなサイズのレインボーが小さなカゲロウを捕らえるライズを見かけ、もっと時間があったらこちらもじっくりと楽しみたいと、つい触手が動く場面も度々あった。
ホウ・リバーとクイーツ・リバーはそれらとは対照的な、広い川原が増水時の激しさを想像させる流れだ。カーブしたバンクの山肌は削られ、山から流されてきた巨大なヘムロックやシダー系の倒木が流れを遮ったりしている。重く白濁した流れは、簡単には釣り人を寄せ付けない荒々しさが感じられるが、今年に限って言えば夏の気温が例年に比べて上がらず、氷河の溶け出しが少なかったらしい、その影響で、流れは幾分高い透明度を保っている。川に居付く魚が生息するには厳しい条件だろうが、遡上してくるスティールは大型が多く、ウインターランでは20ポンドをはるかに超えるものも珍しくないそうだ。
OPには他にもFFに適した良い川が沢山存在するが、J・Dは特にこの4本がお気に入りだ。
フィッシングガイドをはじめるまでは政府機関のフィッシャリーに勤めていた彼は、魚の、中でも遡上魚の生態や性質を、まるで自分の子供の事のように理解している。それだけに遡上してきた魚が通過するパスや休むスポットを手に取るように熟知しているのだ。
一日中腰をすえて同じ川を釣るのでなく、2〜3河川をまたにかけ、水量や時間帯などで予測したポイントを手際よく釣り歩く、そんな彼の方法は、遡上魚を狙うには大変効率の良い方法であるが、彼の膨大な経験を元にした裏付けがあってこそなせる業だ。
・・・と言えども他の鮭とは違い、絶対数の少ないスティールを探すのは簡単ではなく、初日はまともにロッドを振ることはなく、ほとんどポイントのリサーチに終った。J・Dをよく知らないと少々不安になったであろうが、今回は全く心配しなかった。
それだけ彼を信頼することが出来たのだ。
2日目、彼の予測とポイントの絞込みは見事に的中し、僕達はボガシェルの中流で遡上中のスティールがたまっているプールをつき止めた。そして、午前中だけの釣りで7〜8ポンドの平均サイズのサマーラン・スティールを3匹ランディングすることが出来たのだ。
プールはこの付近では随一の、ヘッドからテールアウトにかけてゆうに700メートルはあるかと思われる長いランだ。全体が緩やかにカーブしていて、対岸のバンク際が深みになっている。その深みの川底に点在している沈み石や倒木に添ってスティールは定位していた。
ここで使用したタックルは12'6"#5のZ-Axis。この秋にリリースされたばかりのライト・スペイロッドだ。
このロッドにRioのアドバンスド・フライト・スペイと呼ばれるシューティング・テーパーのフローティング#4/5を乗せた。ロッドとラインの相性は抜群で、バックスペースが限られた条件下でも、30メートル近い対岸付近まで楽にフライを運んでくれる。
プールの流れは人が歩く程度の流速で、対岸よりの深みが流芯になっていた。うまい具合に川面半分に森の影が落ちて、狙う流れは日陰になっている。
初めはドライフライでトライしてみたが、反応はなく、J・Dの助言でオクトーバーカディスの蛹を模したマドラースタイルのカディスピューパに変えた。
そのとたん反応を見せ始めたのだ。
フローティングラインの先端にはインターミディエイト・リーダー、そして先端3xのティペットを足して全長で20'の長さを取った。 サマーランと言えどもスティール・ヘッドを狙うのに、#5タックルに3Xのティペットといったシステムは「無謀なバランス」と思われるかもしれないが、このオクトーバーカディスの時期、OPでは普通に使われるタックル選択なのだ。特に川に入って時間の経ったスティールは徐々にスプークに向かい、本来、川に生息するレインボーなどよりも神経質なアプローチが強いられるとJ・Dは言う。その分、タックルやリーダーシステムも繊細なものが要求され、このチョイスに至っていると言うわけだ。フックアップした後のあの狂ったようなファイトはもちろんスティール本来のものなので、逆に高番手のロッドでは、ティペット強度を補えずランディングにかなり苦労するだろう。
時間が経ち、対岸の日陰の部分が徐々に狭くなってきた。 流芯に潜んでいると思われるスティールは、朝方には時々その姿を見せていたが、日が上がるにつれほとんど確認できなくなっていた・・・。
お昼近くになり、少々まったりとした時間が流れ始めた。
突然、ジェリーの声でその静寂が破られた。僕らから、一人遠く離れて下流のヒラキ付近を釣っていた彼が大声で僕を呼んでいる。
「Hisa〜!ちょっとこっちに来てみろよ!!」
僕が近づくといきなり声を潜め、ロッドティップで対岸付近の流れを指して言った。
「あの大きなストラクチャーが見えるだろ?」
見ると水中で大きな底石と倒木とが重なり合って、いい感じのスポットを形成していた。
「さっきからあの付近に一匹デカいのがいるんだ・・・」
「一度お前のフライで狙ってみろよ・・・」
ジェリーは僕にポイントを譲り、静かに水面を乱さないように岸に上がり、川原の石に腰を下ろして葉巻に火をつけていた。
あらためて流れを見るとそこはストラクチャーの作りといい、流れの速度といい、水深といい、いかにも良いサイズの魚が着きそうな、そんな雰囲気を漂わせていた。
少々距離があったので、スネークロールでアプローチしてみた。 ラインを流すとやはり良い感じで流れる。フライもよく流れになじんで、ゆっくりと水面下をキープしているに違いない。
2〜3回キャストしてみるが反応はない・・・・ しばらく休ませてスタンスをちょっと上流に移動し、もう一度フライを送り込むよう、さらにゆっくりと流してみた。すると、それまで倒木と思われた影が浮上して、フライをソッと摘んだ。
自分でもびっくりするほど落ち着いて対応できた。
流れを利用してラインを下流に膨らませ、ゆっくりと確実にフックアップさせた。
「ゴクッ」
っと生命反応が伝わりその瞬間水面が炸裂した!!
それまでのものとは明らかに違うサイズのスティールが、まるで調教されたイルカのパフォーマンスのように見事なジャンプを、何度も、何度も繰り返した。
ファイトの際、ジェリーが川原に置いた葉巻を踏みつけてしまった以外、完璧だった。
16lbのオス。
パーフェクトな魚体。
ジェリーもJ・Dも自分のことのように喜んでくれた。それがさらにうれしさを増した・・・・。
ツキも味方をし、次の日も14lbのメスのフレッシュランをランディング出来た。
そして、夢のような数日間はいつもの様に瞬く間に終った。
ダウンタウンの中心から海に向かって急な傾斜の坂道が続く。道を下って港に突き当たると、正面にパイクプレイス・マーケットが建っている。石畳の路面を馬に乗った警官が行き交い、付近は昔ながらの情景をいまだ残している。朝は買い物客で賑わうその界隈もさすがに夕刻とあり人影もまばらだ。路地を挟んで古いビルが建ち、そのエントランスに掲げられた控え目なサーモンフライのネオンサインが、フライフィッシャーにとってはひときわ目立っている。シアトル最後の夜、ビルの2階にある"Steelhead-Diner"と言う名のイタリアンレストランで食事を楽しんだ。
店内には著名なスティールヘッダーが巻いた見事なフライがディスプレイされ、ホウ・リバーでのスペイキャスティングシーンが壁一面のモノクロパネルになっている。
メインシェフのTerresa Davisは大きな真っ白いエプロンにトックブランシュ・・・ではなく"SAGE"の刺繍が入ったロゴキャップをかぶっている。
イッている人は何処にでもいるもんだ・・・・。
「オリンピック・ペニンシュラは本当にいいところだろ・・・」
と言いながら僕らを席に急がせた。用意されていたテーブルは窓際で、エリオット・ベイの向こうに見えるオリンピックの山々に、夕日が今まさに沈もうとしているタイミングだった。
朝までいたフォークスが急に懐かしく思え、ベインブリッジで別れた時
「2年後にまた一緒に釣りしよう。約束しろよ!」と言っていたジェリーの顔を思い出した。
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