学生の頃、「ぶつり(物理)学」の研究に情熱を注いでいると思っていた僕は、 「ぶつり」−「ぶ」=「つり」の方程式に従って、フライフィッシングの虜となり気が付くと「物理」の研究を辞めていた。

しかし、である。

鈴木寿氏との出会いにより、フライキャスティングからトーナメントキャスティングの世界へと導かれた僕は、日々の寿氏との議論から「つり」+「ぶ」=「ぶつり学」ともなりうることを痛感するにいたったのだ。

キャスティングとはフライを投げることをいうが、この行為こそはまさに物理の力学的な問題なのである。そして、その投射距離の極限を競うトーナメントキャスティングでは、力学的に飛距離を伸ばす要素を考え、ポイントを絞って練習して行かなくてはならない。しかし、このことは一般のフライフィッシャーにも役立つことではないだろうか。  

それでは、物体(フライライン)を投射したときの飛距離はどのような力学的パラメーターに支配されているのだろうか。
それは、シュートしたときの「初速」、飛行中の「ラインの形状」と「投射角」である。そして、これらは密接に関係しており、独立に考えられない。直感的に明らかなように「初速」が大きければ大きいほど飛距離を伸ばす。
大きな「初速」を得るためには、後方から投射方向へフライラインの移動方向と同じ方向に「力」を加えていかなくてはならないことが力学的に分かっている。
フライキャスティングは変形自在なラインを投げるので、結果的にロッドティップでフライラインを直線的に引っ張り移動させなくてはならない。ロッドティップが曲線的な軌道を描くと、フライラインはティップの動きに合わせて移動するバット部分とそれ以前の動きを維持して行こうとする先端部分とにズレを生じ、凸軌道ならワイドループ、凹軌道ならテーリングループといった空気抵抗を増大させる「ライン形状」になってしまう。

もちろん、大きな「初速」を得るためにはなるべく大きな「力」で長い「距離」を引っ張ることが重要である。しかし、大きな力を加えようという思いはシュート初期の「力み」を生じテーリングループを、「距離」を稼ごうとすると体の各部の回転や手首のコックによりワイド、テーリングの複合症状を生じるから厄介だ。
このように大きな「初速」を得ることと理想的な(飛行機の翼の断面のような)「ライン形状」を得ることは相反することなので、その調和はきわめて難しい。

また、大きな「初速」を得るために忘れてはならないものがホールである。
ホールとはロッドの振り抜き速度にホール速度が加わることでフライラインの「初速」を飛躍的に増大させるテクニックである。このことから明らかなように、ロッドティップが最高速度になったときホール速度も最高になるようにしないと意味がない。ループはライン速度が最高になったときから形成されるのでホールのタイミングを間違うと、ループが早く展開してまっすぐ伸びたラインが飛んで行くことになり、これも飛距離を落とすことになる。

とにかく、物理学的にフライキャスティングはバックキャストで後方に伸びたラインを力まず、なるべく長い加速距離を使って直線的に適度な投射角の方向へホールのタイミングを合わせて放てば、後は勝手に飛んでいってくれるのである。

ここまでのことであるなら物理学的にはいたって簡単なことで、後はこれをキャスターが実行できるかどうかであり、そのためのキャスティングフォームは自由なものであってよい。

2004年のキャスティング世界選手権はスイスのベルンで行われ、そこで世界のトップキャスターのキャスティングを見る機会を得た。各自独自のキャスティングフォームからラインを放っており、それを型に分類することは不可能である。
しかし、加速を行う位置が、体からその前面で行うタイプ、後方から体にかけて行うタイプに分類することはできると思う。
最初のタイプはスティーブ.レイジェフ氏が有名である。彼の驚異的な「初速」の大きさは技術もさることながら、優れた速筋を持ち合わせていることにもよるようだ。後者のタイプはヨーロッパのキャスターに多く見られるが、更にこれはバックからシュートに入るとき槍投げのように肘が先行していくスカンジナビアスタイルと、砲丸投げのように前腕を後方から肘で押していくチェコスタイルに分けられる。

特に、印象的だったのは世界記録保持者で今回の世界選手権フライ片手投げチャンピオンとなったヤンルクサ(チェコ)のバックキャストである。ロッドの先端が地面にぶつかるくらいの勢いでバックキャストを行う姿は、スティーブの美しくナローなループを好む日本人的な視点からはとても美しいとはいえない。
しかし、そのラインはシュート時確実に後方に伸び、次に行われる強力なシュートの理想的な下ごしらえとなっている。そして、シュートで打ち出されるループはバックとは対照的に非常に狭く空気を切り裂くナイフのごときものである。
また、遠投が得意な外国人選手は体??も大きく、身長174cmの僕の背は彼らの肩くらいまでしかなく、骨格もはるかにしっかりしている。そのような彼らと、全く同じフォームを追い求めても単なる猿真似でしかなく意味がない。
だから、物理法則を体現できる技術の正確さや美しさを追求してシュートでのエネルギーロスを極力排除し、「ライン形状」を理想的な形に近づけていくことで彼らの力に対抗していくことが重要であり、それで十分戦えると感じる今日この頃である。

鈴木寿氏により導かれてのめり込んだトーナメントキャスティングのおかげで、日本や世界の各地でキャスティングスポーツに取り組んでいる人々に出会え、キャスティング談義をできるのはこの上なく幸せな状況である。
キャスティングの(というよりはスポーツ)の難しくも面白いところは、その物理的客観とそれを行う人間の主観の食い違いを埋めて行く作業にあると思う。
そして、主観的に行う動作が物理的客観を体現できたとき、究極のキャストを目の当たりにするのであろうが、その日は僕にとってきわめて遠く果てしない道のりなのだ。